子供たちとの出会いが生んだ「嬉しい誤算」

最初に私の感想をお伝えすると、このプロジェクトに関わり、こどもたちと協働できたことが「嬉しい誤算」でした!
まさか小学生と一緒に物産販売をすることになるとは思っていませんでした。

 

 

震災復興のために始めた活動でしたが、それを超えて、新しいつながりが生まれ、地域の未来に向けた広がりを感じています。
プロジェクトを通じて、こどもたちに震災の現実や地域のつながりを伝える機会を得たことで、私たち自身も多くの学びを得ました。

そんな「鶴見・能登応援プロジェクト」とは、どのように生まれ、どんな活動をしてきたのか?
この1年の歩みを振り返りながら、ご紹介したいと思います。

鶴見・能登応援プロジェクトとは?

「鶴見・能登応援プロジェクト」は、2024年1月1日の能登半島地震を受けて立ち上がった、市民による支援プロジェクトです。
能登にゆかりのある人々や、地域貢献をライフワークとするメンバーが集まり、「私たちにできることは何か?」を考えながら活動を展開してきました。

鶴見区と能登地方には、かねてより總持寺(輪島市門前町)を通じた深いつながりがありました。
また、震災前から石川県人会の皆さんとも交流があり、地元イベントなどで顔を合わせる機会も多かったのです。

こうした背景があったからこそ、震災後すぐに「何か支援したい」という声が自然と集まり、プロジェクトの発足につながりました。

発足のきっかけ

直接のきっかけとなったのは、2024年3月に鶴見区役所と「これつる」が主催した「鶴見観光ネットワーク交流会」でした。

この場で、石川県人会の本田百合子さんが、ふるさと珠洲市の被災状況について語りました。
その話を聞いていたのが、木村郁子さん(合同会社ふくわらい)、中西美里さん(木曽屋)、永井寛子さん(魚春ととや)ら、まちづくりに関わる人たちでした。

「何かできることはないか?」
その場で話し合いが始まり、具体的なアイデアとして能登復興チャリティー映画の上映会や、懇親会の開催が浮かびました。

こうして、1つの団体では難しいことでも、協力し合えば実現できるのではないか、という想いが形になり、「鶴見・能登応援プロジェクト」が誕生しました。

 

広がる支援の輪――地域イベントへの展開

プロジェクトが始動して最初に取り組んだのが、能登復興チャリティー映画の自主上映会でした。
さらに、5月には三ツ池公園フェスティバルで能登の特産品を販売するブースを出店しました。

 

毎年このイベントには、輪島市が出店していたのですが、震災の影響で2024年は参加が困難に。
そこで、「鶴見・能登応援プロジェクト」として能登の物産販売を実施することにしました。

出店に向けては、鶴見区役所の地域振興課と調整を重ね、これつるのメンバーや学生ボランティアの協力を得て、多くの方々に能登の魅力を届けることができました。
この取組みが、今後の地域イベントでの支援活動につながる第一歩となりました。

 

 

2024年の活動の振り返り

2024年は、木村さんの最初の一歩から生まれたプロジェクトが、さまざまな形で広がった1年でした。

【主な活動】
1月1日 能登半島地震発生
2月3日 つくまるで能登物産販売&復興支援募金活動開始。能登応援シールを作成し商品に貼ってPRする。
5月18日 三ツ池公園フェスティバルで物産販売
6月22日 能登復興チャリティー映画上映会
9月15日 つるみ祭りdeフェスティバルで矢向小学校と協働販売
11月2日~3日 鶴見大学附属中学校の文化祭で能登物産販売

次なる一歩へ

震災から1年が経ち、プロジェクトは新たな段階へと進もうとしています。
私たちが大切にしたいのは、「震災の記憶を未来へ伝え、鶴見と能登のつながりをさらに深めていくこと」です。

「風化させない」ことは大切ですが「つながり続けることの意味」を一緒に考え、行動していくことが重要だと考えています。

次回の寄稿では、各イベントの詳細や、こどもたちとの取り組みについて掘り下げながら、プロジェクトを通じて得た学びや気づき、そしてこれからの挑戦についてお伝えします。

震災がもたらした痛みを共有しながら、人と人とのつながりを信じ、希望の灯を未来へ繋ぐ。
この活動が、より多くの人々の心に届くことを願っています。

寄稿:土佐嘉胤(鶴見・能登応援プロジェクトメンバー)


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